早漏から幸せを考える

たまたまオススメに出てきたこの記事。

御免早漏!僕が初めて正直になれた日

早漏で20年間悩み続けてきた男性の記事なのだけど、読んでいて感動して泣いてしまった。

まるで20年分の思いを全て吐き出すかのような長文だったけれど、夢中で一気に読んでしまった。

そしてこの記事を読んで私はあることを思い出していた。


実は私の元夫は超がつくほどの深刻な早漏だった。

出会ってから友達の期間を経て、正式に付き合うことになり、初めてセックスをした時のこと。

いざ挿入という段階で、ゴムをつけ膣の入り口に男性器を当てがった瞬間、彼は一人で果ててしまった。

え?まだ入れてないけど。。。

言葉には出さなかったけど、何が起きたのかよくわからなかった。


入れる前に射精してしまい、とても気まずそうに一人でゴムの後片付けをする彼。

こういう時、何て声を掛けるのが正解なのだろうと思いつつ、私はすぐに服を着て、何事もなかったかのように振る舞った。

気まずい空気が流れる室内。

その後、若かった私たちはデートの度に性行為をするような関係だったけれど、毎回驚く早さで彼は射精した。


基本、三擦り半。

そもそも、私が手や口ですると秒で出てしまうため、前戯の時に私が彼の男性器を触ることは許されなかった。

「俺はいいよ」

そう言って腰を引く。

若いから性欲は普通にあるし、毎回セックスをしたい気持ちはあるようだけど、いざそういう行為になると秒で終わる。

そんなことが毎回繰り返された。


さすがに入れる前に出てしまったのは最初の1回だけだったけど、2回目以降は入れた瞬間に出るというのが普通だった。

三擦り半って言うけれど、実際には三擦りもしていない。

入れた瞬間にもう出ている。

そんなのが当たり前だったので、結婚してしばらく経った後、奇跡的に1分くらい持った時は本当にビックリして強烈に記憶に焼き付いた。

いつもなら1秒なのに1分。

しかしそんな時でも「凄いね」とか私は一切言わなかった。


何故なら、当時の私は生粋のまぐろちゃんで、性行為が好きではなかったから、むしろ一瞬で終わってラッキーと思っていたのである。

セックスとは何だろうか。

これは本当に必要な行為なんだろうか。

そう考えるうち、インターネットが普及し始め、パケット代を気にせずにネット検索が出来る時代になったこともあり、私はそこで色々と情報を調べた。


どうやらこの現象は早漏というらしい。

しかも、このことで悩んでいる男性は結構いるらしい。

そんなことを知って、ある日彼と話すことにした。

まず私がそもそも性行為が好きではないこと、私は演技などが出来る性格ではないから、悪気はないけど反応がいつもまぐろになってしまうこと、行為のすべてが苦痛に思っていることなどを正直に話した。

今まで気持ちいいと思ったこともないし、妊娠に対する不安も常にある。


仮に子供が出来たら安心して産んで育てられるのかとか、色々思っていたことを全部話した。

それを聞いて彼も話し始めた。

彼は実家に住んでいた頃、自分の部屋がなく、弟と妹と3人まとめて同じ部屋だったこと。

だから自由に自慰行為が出来る環境になく、思春期になると家族にバレないように、トイレで1分以内で自慰行為を済ませていたこと。

自分の体の変化や性的なものを受け入れたり楽しんだりする余裕はなく、溜まってきたらトイレで一瞬で出してスッキリさせるしかなかったこと。


それを実家を出る18歳までやっていたら、すぐに出てしまう体質になってしまったこと。

そんなことを話してくれた。

大学生からは一人暮らしだったけれど、一度身についた習慣を変えるのは難しく、早漏を気にしてはいるけど直し方がわからない。

そんな感じだった。

それに元カノにも特に何も言われなかったし、私も何も言わなかったから、今の状態のままで平気なんだと思っていたようだった。


男性にも色々な苦労があるんだな。

そう思った。

彼は私に弱みを見せたり、悩みを相談するタイプではなかったので、実際どれくらい悩んでいたのかはわからないけれど、離婚するその直前まで1秒で終わるという早漏はずっと変わらなかった。

実はこの頃、ネットでアダルトビデオを検索し、そこに早漏というキーワードを入れて見てみたのだけど、ビデオに出てくる男優さんはみんな早漏ではなかった。

ガチの早漏はこんなもんじゃないぞ。

そもそも手の刺激に耐えられてるやん!と思った。


ガチの早漏は彼女に一瞬でも触れられただけで出るし、入れた瞬間に出る。

「出ちゃうから触らないで」は本当に心からの叫びなのだ。

今になって思う。

彼は私を喜ばせたいと思っていたのだろうか。

男としての自信がなくなっていたのだろうか。

セックスをする度に毎回何を考えていたのだろうか。


冒頭のnoteの記事を読みながら、そんなことが頭をよぎっていた。

当時のセックスは開始から終了まで10分程度だろうか。

私が性行為を嫌いなのも知っていたので、特に丁寧な前戯があるわけでもなく、実際は彼が射精するためだけに行われていたように思う。

男性側からすれば、例え1秒で射精していたとしても、精子を出しているのでスッキリする。

それで満足しているように見えたので、そんなものかなと思っていた。


だから、今回このnoteの記事を読んで、とても幸せなゴールに着地したご夫婦の形を見て涙が出た。

私が本当に欲しかった幸せもこういうものだったのかもしれない。

当時の私はほとんど性の知識がなく、おまけにまぐろだったけれど、その後年齢を重ねるごとに知識も経験も重ね、今では愛する人と性的な関係を持つことは、とても幸せなことなのではないかと思い始めている。


もっと深く掘り下げれば、私はあの時幸せだったのだろうか。

本当に夫を愛していたのだろうか。

結婚生活は楽しかったのだろうか。

この辺は考えても全くわからない。

まぐろという形で何かを必死に訴え、表現していた私。

それに沿うように早く終わってくれる夫。

世の中は本当にうまく出来ている。


そしてもっとも重要なのはnoteの記事にも書いてあったように、自分に正直になること。

私は本当はどうしたかったのか。

本当は何を望んでいたのか。

そんなことをずっと考えていた。

よく早漏は女性からガッカリされると言われるけれど、むしろ逆で好かれることの方が多い。

それよりも遅漏の方が圧倒的に嫌われる。


もっと言えば、「早い」ということがマイナスにはならないし、それで相手を嫌いになることもない。

だけど、男性は早漏をコンプレックスに思い、ずっと悩み続ける。

私の心の癖。

それは幸せとは何かが、ずっと考えてもわからないことだ。

恋愛をしていた自分、結婚をしていた自分が幸せだったのかどうかを考えると、途端に頭の中に霧がかかり、全ての思考が停止する。

まるで幸せだったと断言したらいけないかのように。


彼氏のことが好きだったのか、夫のことが好きだったのかという質問が一番困る。

何故ならどれだけ考えてもわからないからだ。

長く感情を消して生きてきたから、そこにハッキリと感情を伴った幸せな記憶がない。

期せずして偶々目にしたnoteで元夫を思い出し、ここにも未完了の感情がたくさん溜まっている事に気付いた。

自分に正直になる。

本音を言う。

「正直になった先には、必ず何かがある。」

この言葉がとても響いた一日だった。