老害とはとても失礼な話

最近、「老害」という言葉をよく耳にする。

しかし私は老害という言葉は絶対に使わない。

もちろん頑固爺さんみたいな明らかに他人に迷惑をかけるようなお年寄りもいる。

でもそれは若者にも一定数いるわけで、別に年齢の問題ではない。


私は昔からお年寄りを尊敬している。

長く生きているということは、長く生きたなりの人生経験を持っているわけで、実際に話してみると学ぶことはとても多い。

そもそも、生き抜いてきた時代背景が違うのだから、お年寄りと若者とでは価値観が違って当たり前。

でもだからと言って害という発想は、ただ自分にとって都合の悪い人を排除したいだけの思考でもあり、回避癖を持っている人に多い思考でもある。

「その価値観もう古いんだよ」と一蹴する前に、フラットにお年寄りの話を聞いてみて欲しい。


60年、70年以上も生きてきた経験、知識、精神的余裕、社会的信頼などお年寄りは本来尊敬されるべき存在であり、若者にはない価値をたくさん持っています。

何より今の日本が安全で便利なのは誰のおかげですか?

そして、40代くらいで「私ももう老害だから」と自らを卑下し、若者を叱ることもアドバイスもしないそこのあなた。

それも逃げです。

価値観の違う人に関わりたくない、面倒なことに関わりたくないという逃げ。


もちろん、今の時代に水も飲まないで運動しろ!なんて価値観はアップデートすべき情報です。

昔とは気温も違うので、水分とらなかったら倒れますしね。

でもそういう根性論みたいな世界観で限界まで運動をしていた世代の話って、聞く価値ありません?

その価値観を自分の中に取り入れる必要はないけれど、自分とは全く違う価値観を持った人が
どう生きてきたのか、その経験は本当に聞くに値する尊いストーリーだと私は思うんですよね。


老害という言葉で片付けるのは簡単だけど、今の若者はかなり強く回避思考を持っているので、私はそこも凄く危惧しています。

新しい時代を作っていくことと、嫌なことを回避したいという思考は全く別物だからね。

これが私たちの新しい価値観だから・・・と言っているその裏で、実は自分にとって嫌なことを回避したいだけということがよくあるので、そこは意識してみて欲しいところです。


あと自分の親を見下してる人たちは、高齢者も見下しがちです。

これは単純に自分の親の投影ですね。

親を尊敬出来なければ、世の中の自分より目上の人も全員尊敬出来ませんから。

「老害」という言葉一つとっても、どうしてそう思うのかを掘り下げていくと、最終的には自分の親との関係に行き着いて結構深い内観が出来ますので、やってみてください。