競馬は動物虐待なのか

今日のJRA「宝塚記念」のレース中に、マイユニバースという馬が急性心不全で亡くなりました。

3コーナーを過ぎた辺りから様子がおかしくなり、馬群から遅れ始め、このまま走り続けるのは無理だと判断され、競走中止に。

その後、JRAの公式アナウンスで急性心不全のため亡くなったことが発表されました。

私は競馬ファンですが、毎回のレースでは結果よりもまず全馬無事にレースを終えてくれることを願っているので、時々起きるレース中の死亡事故は本当に辛く悲しいものがあります。

かつて私が愛していたファンタジストという馬もレース中に急性心不全で亡くなりましたし、長くレースを見ていればこういう悲しい出来事もあります。


で、こういう競馬での事故が起こると必ず言われるのが「競馬は動物虐待だ!人間のエゴだ!馬がかわいそうだ!」という批判のコメントの嵐です。

もう毎回のことなので慣れましたが、レース中に馬が亡くなったというニュースを見た途端、動物愛護なんちゃら、虐待はやめろ!みたいな意見が殺到するのが、もはやお約束のようになっています。

ここで私がそういう人たちに問いたいのが「あなたは一年間のうち、どれくらい馬のことを考えて生活していますか?」です。

多分、普段は馬なんて見る機会もなければ、馬のことなんて全く考えることもなく生活していると思います。


なのに、たまたまニュースで馬の事故を目にしただけで、まるで馬の全てを見てきたかのような言い方で、あなたたちがやってることは虐待だ!馬の気持ちを考えろ!今すぐ競馬なんか廃止にしろ!と騒ぎ立てます。

いやいや、あなたこそたまたま今日のニュースで競馬の話を見ただけで、それ以外の364日くらいは馬のことなんか一切考えない生活してるでしょ?と思うわけです。

なのに、まるでここぞとばかりに待ってました!みたいな感じで叩いてくる。

性格悪くね?(笑)


そもそも競走馬と言うのは、競馬においてレースで走るためだけに育成、調教された馬なわけで、もう種の時点からその馬の一生は決まっているわけです。

これは人間で言うなら、例えば天皇家に生まれたら誕生の瞬間から国家の象徴として皇室での役割を担わなければいけないように、また歌舞伎の世界に生まれたら、その家の子である以上、幼い頃から稽古をさせられ舞台に立つことが決められているように。

言わば運命のようなものなのです。

競走馬として生まれたなら、レースで走るしかない。

ただそれが公営ギャンブルという形になっているから、馬を使ってお金儲けをしているとか、人間のエゴで馬を走らせているという話になって、怒る人が多いんだと思います。


しかし、ここは内観ブログなので、そういう「競馬は虐待だ!」みたいに怒る人の心理を一つ書いてみたいと思います。

「あなた自身が子供の頃、親から虐待をされて育ちませんでしたか?」

「幼少期に理不尽な環境で育てられ、自分の自由がなく、親に対して強い恨みを持っていませんでしたか?」

「やりたくもないことを親に一方的に押し付けられて、それを断れなかった経験はありませんか?」


基本的に内観では、何かにイライラしたり過度に反応したり、許せないと怒りが出てくるその源泉を辿っていくと、だいたい幼少期の親との関係性に行き着くことが多く、その怒りは本当は親への怒りだったりします。

つまり、「動物をいじめるのはやめろ!」と言っているその言葉は、競馬に関わる人たちへの怒りではなく、本当は自分の親への怒りであることが多いということです。

これが投影の仕組みです。

かつて親から理不尽な扱いを受けた記憶を未完了のまま放置していると、それがたまたま馬のニュースを見ただけで、かつての自分と重なってとても気分が悪くなり、怒りが出てくる。


このイライラする感情は、ほぼ例外なく親への投影なので、そもそも馬は全く関係ないということです。

「あなたは本当は何にイライラしてるんですか?」

「馬に対してかわいそうと思うその裏で本当は何を感じていますか?」

「今競馬に対して感じているその感情と同じような感情を感じた出来事が子供の頃になかったですか?」

「自分自身が今までにレースで走っている馬と同じような扱いを受けた経験がなかったですか?」


こういうのを丁寧に一つずつ見ていくと、だいたい何か見つかると思います。

何もない人は競馬の事故のニュースを見ても、基本的に何も反応しません。

かわいそうね・・・くらいは思うかもしれませんが、わざわざ「虐待だ!」なんて騒ぎません。

実際に私の友人や知り合いで、動物が大好きで犬や猫を飼っているけれど、競馬も楽しんでいる人はたくさんいます。

凄くしつけの厳しい親に育てられた人は、馬と自分の親が重なって投影を起こしているかもしれません。


中にはそれが学校の先生だったり、私と同じ世代の人なら、部活中に水も飲ませてもらえず、ひたすら厳しい練習をさせられた時の記憶と重なっている人もいるかもしれません。

ここで重要なのは、今あなたが感じている怒りに馬は直接関係がないということです。

本当にその怒りをぶつけたい相手は親なので、競馬関係者を叩くなんて論外です。

とにかく一番見て欲しいのは、「かつて自分も競争馬と同じような扱いをされたことがなかったか?」です。


その記憶に潜在意識がアクセスして反応してないか?というところを見て欲しいのです。

だって競馬関係者および馬に直接何かされて被害を被ったことあります?

直接何もされていないのに感情的に反応しているということは、その奥に未消化のままになっている感情があるということであり、ただそこに反応しているだけなので、そこに気付いてもらえれば、馬の事故のニュースを見ても一々反応しなくなると思います。