完成した瞬間、人間ではなくなる。

深夜3時に内観の師匠からのメルマガを読んでいて、心臓が止まるかと思いました。

そのメルマガの真ん中に書かれていたのが、

「完成した瞬間、人間ではなくなる。」

という言葉。

もう辞めてくれよ(笑)


心の準備が出来ている時はいいのですが、もうすぐ寝ようかなというこの深夜3時という完全に油断した無防備な状態で、この言葉がいきなり目に飛び込んできたので、かなりのダメージを食らっています。

人間は常に細胞が新しく生まれ変わって入れ替わり、厳密に毎日同じ身体の状態が続いているわけではない。

常に変化し流れ続けている人間を完成させるとどうなるか。

完成した瞬間、進化成長が止まり、細胞の変化も起きなくなり、流れも止まり、完成された固定物になった瞬間、生命としての死を迎えると。


実はこの師匠自身がかつては人間の完成を目指していた人で、でも自分と向き合えば向き合うほど、完成されたものを目指すことに違和感しか感じなくなったと話してくれていたんですね。

大事なのは完成された一人の人間を目指すのではなく、不完全なもの同士がお互いに補い合って生きることだと。

むしろ完成品を目指した瞬間から不幸が始まると。

でも私もかつては神様を目指していたからこそ思うのですが、人間の完成というものを目指している人は、そもそも人間ではない何かになりたいのかもしれないですね。


完成という言葉を使ってはいるけれど、本当に目指しているゴールは人間とはかけ離れた何か。

ただ、その生き方では幸せにはなれないということを私も含め、多くの人が証明しているので、

「完成した瞬間、人間ではなくなる。」

という師匠の言葉は、今の私にとって深く響いたのでした。

どんな形であっても、自分が間違った信念として持っている人生の軸を破壊しない限り、いつまで経っても本当の自分では生きれないですからね。