「誰」よりも「何」を選んだ方が無難な理由

SNSを凄く研究されてる方が言ってたんですが、

「毎日情報発信をしていて確信しているのは、最近のAIを含むネットの世界では、誰が言うかよりも何を言うかの内容の方が評価されている。

今後アルゴリズムが変われば逆になることもあるかもしれないけれど、現時点ではAIも“誰”よりも“何”の方を重要視している。

もしネット上で影響力を持ちたいなら、自分が誰であるかよりも、何を伝えてるかの内容の方に注力した方がバズる。」と。

これ私も全く同感なんですよね。

以前このブログでも、私は誰が言うかよりも何を言うかの方に重きを置いていると書いたのですが、何故AIがこういうアルゴリズムで動いてるかわかりますか?

それは、その「誰」が信用出来る人がほとんどいないからです。


ネット上で情報発信をしている人の大半が、自分を巧妙にデフォルメして偽りの自分で発言をしているので、そもそもその人自身を信頼出来る人がほとんどいないからです。

つまりオンラインで発言しているその人と、プライベートでのその人では全く別人である人が多いからです。

だから人は信用出来ない。

であれば、参考になる言葉だけをピンポイントで拾った方が、まだミスリードを防げるよねという思惑があるのではないかと私は思っています。

それくらい「誰」って信用出来ないんですよ。

私は内観の世界に身を置いて7年になりますが、ネット上で情報発信をしている人の9割くらいは表の顔と裏の顔が全く別人だった人ばかりなので。


そして何よりAIも使ってみたらわかりますが、AIも平気で嘘をつくので、この世に信頼出来るものなんて、ごく僅かしかないと思った方が無難です。

「誰」を重要視して、その人を丸ごと信じて大やけどをするよりも、今の自分にとって響く「何」をピンポイントで選んで取り入れた方が傷が浅くて済むからです。

そして何より、今自分自身が何か情報発信をしていたとして、100%自分のことを自信を持って信頼して下さいと言えますか?

表では最もらしい理論とか語っているけど、自分のプライベートや実態を見られたら困るんじゃないですか?


実際、自己啓発のセミナーで幸福な生き方について語っている人が、実は人知れず悩みを抱えてコンプレックスだらけで、自分は幸せではないなんて人ばかりだからです。

そんな人の「誰」を信用出来ますか?

何を言うかよりも誰が言うかの方が大事というのは、実は凄く責任が重い言葉なんです。

自分が情報発信者として、本当にその言葉を堂々と正面から言えるんですか?と。

少なくとも私は言えないです。


表向きだけいい事しか見せていない「誰」を、信用させることの怖さを私は誰よりも知っているから。

なので安易に誰を信頼するよりも、誰かが発した言葉(何)を敏感に選べる心を持ってみて下さい。

そして世の中をよく観察すればわかりますが、誰が言うかの時代になったことで、その「誰」に洗脳されて疲弊している人がもの凄く増えています。

「何」よりも「誰」の方が大事だと胸を張って言えるのは、自分自身を深く内観し、乖離している自分を統合させ、言行一致している本当に整ったごく一部の人だけであると私は思っています。