活動を一定周期で切り替える人の心理

一つのことを長く続けることが出来ず、2~3年周期くらいで自分の活動を一旦終了させて、また新しいことを始めるみたいなタイプの人っているんですが、今日はこのタイプの人が抱えている闇について書きたいと思います。

普通、自分のやりたい事が明確なら、定期的に活動内容を変えたりしないで、一つのことをずっとやり続ける方向に行くのですが、

このタイプの人はだいたい2~3年周期で一旦今やっていることを辞めて、また新たに活動を始めたりして、とにかく目先を変えがちです。

これ何のためにやってると思います?

一つのものを継続させずに、毎回終わらせる方向へ向かってしまうその理由。


それは、

本当に自分にとって理想的な空間、コミュニティ、メンバーとの交流、そこで得られる幸せを手にしてはいけないだから手にする前に壊す。

これなんです。

最後まで受け取ることが出来ない。

幸せになり切る前に、自分から終わらせてしまう。

もっと言うと、完全にやり切る前に壊したくなる。

終わりにしたくなる。
切りたくなる、捨てたくなる。


この根っこにある思い込みは、

私は幸せになってはいけない

という思い込みです。

これかなり根深いです。

この思い込みは色々なところで悪さをして、人生を破壊していきます。


自分に幸せになる許可を与えていないから、コミュニティを作っても2~3年で終わらせたり、せっかくメンバーさんが馴染んで空間が育ってきたところで、新しいコミュニティに作り替えちゃったりするんです。

自分が満たされ始めると壊したくなる。

同じ場所にずっといられない。

同じ事をずっと続けられない。

新しくしたい、リニューアルしたい、壊したいそして再生したい、もうどうにも止まらない(笑)


せっかく育ったコミュニティを終わらせて、また新しいプロジェクトを始めて、最初は勢いよくスタートする。

でも2~3年すると、また終わらせる方向へ必ず行ってしまう。

まるで一つの法則のように、この同じパターンを繰り返すんですよね。

最後まで受け取ることが出来ない。

最後までやり切ることが出来ない。

一つの空間を育てることが出来ない。

みんなで幸せになる前に自己都合で勝手に終わらせてしまう。


基本的にコミュニティがまともに運営出来ない人は、ベースに愛着障害があるので、愛着の問題を解消しない限り、コミュニティを継続していくことは難しいのですが、それにしてもです。

メンバーさんが辞めないで下さい。

まだ続けて下さいと言っても無視。

問答無用で終わらせます。


何故なら、その人自身がそれ以上受け取れないから、そのキャパシティを持っていないからです。

みんなでコミュニティを長く育てていった先にある幸せを受け取れないのです。

このパターンも結構闇が深いです。


そしてもう一つ別のパターンもあります。

それは、無価値感の強い人がコミュニティのメンバーを利用して自分の無価値感を埋めようとしているケース。

コミュニティの中で自分の存在価値を示したい。

でも、メンバーさんの反応がいまいちだったり、自分を思った通りに称賛してくれなかったり、そのコミュニティを続けていても、自分の無価値感が一向に埋められない。

自分がそこにリーダーとしている意味を感じられない。

もっと自分は価値のある人間だと思いたい。

でもこのコミュニティではそれが感じられない。


だから、一旦仕切り直して装いを新たにもっと別のコンセプトで自分の価値を分かってもらおう。

こっちのケースもあります。

このパターンは自分の無価値感から負のループが始まっているので、先ほどの幸せが受け取れないケース以上に質が悪いです。

言わずもがな、後者のケースの方がやっていることは悪質です。

だってメンバーさんを自分の無価値感を埋める道具にして、その利用価値がないと判断したら、切り捨てるんですからね。


そもそもコミュニティというのは時間をかけて、メンバーさん達と一緒にゆっくり育てていくものです。

一朝一夕に出来上がるものではないので、たった2~3年では理想通りのコミュニティなんて出来上がりません。

特に後者の無価値感パターンの人は、私自身の実体験からもかなり深く掘り下げているので、また別途記事で書こうと思います。


(本音を言えば、コミュニティ運営がまともに出来ない一匹狼タイプの人は、最初からコミュニティなんて作らずに完全一人で完結するような仕事の仕方をした方がいいんですけどね。

そういう意味では、自分の適材適所を分かっていないという意味で完全にズレていますが。)

今回、記事を読んで自分に当てはまるかもと思った方は、いい機会なのでもう一度自分の在り方を見直してみて下さい。

この2~3年周期のやり方を続けていくと、その都度関わってくれる人はいるけれど、結局最後振り返った時に、大切な人が誰も残っていなかったみたいなパターンになりかねないので。